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Boe Wien News Blog

オフィスボウ・ウィーンの最新ニュースと、
世界各地で起きている出来事について語ります。
冬の風景

初雪ウィーンに雪が降りました。
週末の金曜の夜から降り始め土曜の朝にはご覧の通り、街の風景は秋から冬へと一変しました。
土曜の日中は晴れましたが日曜には再び降雪に見舞われ、除雪車が街中を走り回っていました。








雪のシャーベット月曜朝の気温は3℃。
夜の間に降り積もった雪がシャーベット状になっています。除雪車によって車道と歩道の間に片付けられていますが、所々で歩きにくくなっています。







雪の市電厳しい冬の到来を感じますが、同時に人間同士が温かく触れ合う場面も。
市電で通勤していると停留所に到着した市電に駆け込むこともしばしばですが、必ず誰かがドアを押さえて待っていてくれます。寒い中次の市電を待つ時の辛さをみんな知っているからです。
 


事務所の庭こちらはオフィスの窓から見た中庭。
前回ご紹介した時には枯葉の見える秋の風景でしたが、こんな雪景色に変わりました。仕事が一段落したら雪見酒と行きますか。







                  



              

| - | 18:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
北朝鮮の砲撃
 11月23日の朝8時(日本時間16時)、いつも通り新聞のネット版を開くと信じられない見出しが躍っていました。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が韓国領内の大延坪島に砲撃を加え韓国側も応戦した・・・。このニュースはウィーンのメディアでもトップニュースで伝えられました。使われていた写真は4,5本の黒煙が立ち上る島のロングショット。これは大変なことになったと思いました。

1995年1月の阪神大震災でテレビ画面に映し出された倒壊した高速道路や、2001年の911で映し出された2本の世界貿易センタービルから立ち上る煙にも匹敵するインパクトを感じました。今思えば、世界中のメディアがこの映像を伝えることが北朝鮮の一番の狙いだったのかもしれません。

韓国軍の発表によれば北朝鮮は170発の砲弾を発射し、うち80発が大延坪島に着弾。韓国軍兵士2人と民間人2人の計4人が死亡17人が負傷、22戸が火災に見舞われ760人が防空壕で過ごし、うち250人が本土へ避難したといいます。黒煙が立ち上る映像の下で多くの犠牲者が生まれていました。

砲撃の直後から日本のメディアはその意図について様々な情報を伝え始めました。最も一般的な見方は、デビューしたばかりの後継者・金正恩を強い指導者として内外にアピールするための示威行為だということです。そういう意味では、あの写真が世界に衝撃を与えることを北朝鮮は十分計算していたことになります。一方、北朝鮮側は周辺海域での韓国軍の軍事演習に対しての報復と説明して自らを正当化しています。

第一報があってから菅首相は関係各所に「情報収集」を命じ対応に乗り出しました。メディアは悲憤慷慨する韓国人の声を伝え、韓国側の報復を含めた強い対応の意志を伝えます。

しかし今一番必要なのは北朝鮮の意図を冷静に分析し、国際社会が結束して軍事衝突を回避する方向へ導いていくことではないでしょうか。言うまでもなく戦争で犠牲となるのは民間人です。特に日本は半島の歴史に深く関与してきたことを踏まえて、国際社会に半島の平和を訴えていく責任を果たすべきだと思います。

さらに言えば、砲撃が起きてしまってからでは遅いのではないでしょうか?日本が中心となって「極東の安定と平和」に貢献すべく、もっと早い時期からの情報収集や外交努力が必要だったのではないでしょうか?紛争を未然に防ぐための「予防外交」を積極的に周辺諸国に対して展開していかなければ「核武装」や「断固とした対応」だけでは安定と平和は得られないと知るべきです。

この数週間を振り返れば、日本は補正予算をめぐる与野党の攻防の中で、尖閣映像流出問題や閣僚の発言問題などでむなしい時間を過ごしてきました。中国を相手に本格的なトップ会談が行えないような状態も続いています。こうした中で北朝鮮の砲撃に右往左往しているようでは彼らの思惑通りになってしまいます。

ぜひ日本政府には、ことが起きてからの情報収集ではなく、日常的な情報収集と平和構築への努力をお願いしたいと思います。

| - | 17:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
素直に喜べないスー・チーさんの解放
 
ビルマ、ラングーンでのアウンサン・スー・チーさんの解放はウィーンでも大きく報道されました。13日自宅前の鉄条網が撤去され、7年半ぶりに解放されたスー・チーさんが「民主化」への変わらぬ情熱を語り、それを支持者たちが感激して受け止める。ヨーロッパではおおむね「人権」「民主主義」両方の意味で喜ばしいこととして伝えられました。ただ、それはもちろん喜ばしいことなのですが、素直に喜べない側面もあります。
 
今回の「解放」が、民主化を望むビルマ人民の総意の下で、軍事政権が屈服する形で行われたのなら素直に喜びたいと思います。しかし事実は違うようです。 軍事政権はこの7年半の間に着々と政権基盤を固めてきました。 中国、インドなど周辺の大国との関係を強化し、欧米の経済制裁にも耐えていけるだけの経済基盤を整備しました。民主化の砦とも言われたNLDを解散させ、選挙では軍事政権側の大勝利を演出して見せました。今後は軍事政権側の望む形で「民政移管」へ進むといいます。

つまり、今回のスー・チーさんの解放は、軍事政権側からすれば「もう貴女など怖くない」という意思表示です。 軍事政権の背後にそびえる中国、インド、そして日本。 こうしたアジアの経済大国とのパイプがしっかりしている限り軍事政権はミャンマーを支配し続けることができます。欧米から人権問題や民主化への圧力があっても屈する必要がないからです。これが素直に喜べない理由です。

ビルマと言えば、我々の世代にとってはもうひとつ、ゴールデン・トライアングルのイメージが強く残っています。 タイ・ビルマ・ラオス3国の国境が交わる地帯に位置する「黄金の三角地帯」と呼ばれるケシの栽培地域。 独立色の強い少数民族カレン族や麻薬王クンサーの名前でも知られました。 一説によれば、軍事政権はこの地域での麻薬製造を国家事業として行っているそうです。それが事実だとすれば、軍事政権はアジアの経済大国と手を組みながら麻薬で資金を稼いでいることになります。

軍事政権が国名をミャンマー首都をヤンゴンと改称した頃、私はニュースステーションに籍を置いていました。日本 政府は早々とこの軍事政権を承認しましたが、報道現場にいた我々は軍事政権を認めたくありませんでした。当時キャスターだった久米宏さんも参加して内部 で議論が交わされ、番組の姿勢として国名を「ビルマ」首都を「ラングーン」として報道を続けることにしました。だから私は今もこの国をミャンマーという呼ぶ気がしません。

ちなみに今回のスーチーさん解放のニュースでは、日本の新聞は「ミャンマー(ビルマ)」として伝えましたが、ウィーンの新聞は「ビルマ(ミャンマー)」の出来事として伝えていました。軍事政権に対する評価が微妙に分かれているように感じます。

スー・チーさんは解放後の演説の中で「習得することの大切さ」を語りました。民主主義の大切さを学び習得することは世界中どこの国の人にも重要だ、と訴えたのです。それは我々日本人の心にも響く言葉です。

今後スー・チーさんの目指す「民主化」がビルマの隅々にまで浸透し、再び大きなうねりとなって軍政を倒し、麻薬畑を転作に導いてくれることを心から願います。今回の解放はその新たな闘いのスタートラインに過ぎないのではないでしょうか?
| - | 20:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
揺れるヨーロッパ
 日本で「横浜APEC」と「尖閣ビデオ流出事件」に関心が集まる中、ヨーロッパは大きく揺れ始めています。

揺れるヨーロッパを象徴する出来事がロンドンで起きた学生暴動。
11月10日、大学の授業料値上げに反発した学生たちのデモが暴徒化し、議会のあるウェストミンスターで与党の保守党本部のガラスを割るなどして警官隊と衝突し、双方に負傷者が出る事態となってしまいました。

東京で言えば永田町に当たるウェストミンスターは、今もイラク戦争参戦に抗議する活動家たちがテント生活をしながら抗議活動を続けたり、スリランカで政府軍の総攻撃が行われた時にはロンドン在住のスリランカ人が攻撃中止を求めてデモを行ったりと、政治的な抗議活動の中心になっています。

今回のデモは参加者数千人とも言われますが、学生たちが反対する大学授業料の値上げは政府案で現行の3倍にもあたる年間120万円というもので、学生たちの主張を無理もないとする意見が主流でした。しかし本来平和的なデモが暴徒化することで、都市は騒然とした空気に包まれ社会不安が広がります。警察官の数が増え街にギスギスした雰囲気が漂います。

根底にあるのは経済問題です。「ギリシャ危機」で起こったアテネでの暴動事件も、年金や補助金のカットに始まる政府の歳出削減が発端でした。EU諸国は一致してギリシャを救うことにしましたが、経済的な問題はEU各国で共通に存在し、市民、取り分け若者たちが不満を募らせています。フランスでもオーストリアでも学生のデモが盛んに行われています。いずれも年金の支給年齢を遅らせるなど、次世代に負担を押し付ける政策が不満の対象になっています。

もう一つヨーロッパが揺れている原因は移民問題です。
失業者が増える中、移民政策をめぐって様々な議論が巻き起こっています。

フランスで起きたイスラム系女性のスカーフ問題、スイスで起きたミナレット建設禁止の問題などをきっかけに、移民のホスト国で議論が高まっています。EUでは移民に対してインテグレーション(統合)を政策として進めるようにしてきました。ホスト国の言葉を勉強できる環境を整える一方で、移民申請の条件に言葉が出来ることを加えるなどの動きも出ています。

こうした中オーストリアでトルコからの移民をめぐる問題が起きました。ある牛乳メーカーがパックにトルコ語での説明を加えたことで国中から非難を浴びたのです。せっかく進んでいるインテグレーションと逆行するというのです。これまでならメーカー側が記載をやめて一件落着だったかもしれませんが、こうした状況に対して今度は在オーストリアのトルコ大使が噛み付きました。「オーストリア人は他国の文化に関心が無い」と言い放ったのです。この発言にオーストリア側も反発し外交問題にまで発展しつつあります。

これまでオーストリアは、移民の制限を掲げる極右政党が支持を伸ばしたり、ドイツ語の授業を移民申請の条件に加えたりと、移民に対して不寛容なイメージが先行してきました。でも実はオーストリアはEUの中でも有数の移民受入国です。率で言えばドイツと同じ10〜12%で国民の10人に一人は移民ということになります。これはルクセンブルクやスイスに次いでヨーロッパで3番目となります。もともと歴史的に東欧諸国と関係が深いオーストリアでは、トルコ以外にも旧ユーゴ諸国を含む東欧からの移民を多く受け入れてきたからです。ところが不景気になり失業率が増えると、必ず「移民が仕事を奪っている」という発言で人気を取ろうとする政治家や政党が現れ事態を悪化させるのです。

学生の不満も移民の不満も、揺れるヨーロッパの原因を作っているのは不況であり経済問題です。ギリシャの財政破綻に続いてこれまで優等生だったアイルランドにも財政破綻の危機が訪れていると言われます。過去にも世界的な不況がヨーロッパから始まったことを考えると、今ヨーロッパで起きていることにもっと関心を持って慎重に見つめていくことが求められているように感じます。
| - | 12:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
尖閣ビデオ流出
 尖閣諸島周辺で起きた中国漁船の海上保安庁巡視船への衝突事件で、日本政府が非公開と決めたばかりのビデオがyoutubeに流出しました。2010年9月7日の事件発生以来、この事件の扱いについて迷走を続けた日本政府にとって、大きな打撃となる映像流出となりました。

当該映像がyoutubeにアップされたのは日本時間の11月4日16時頃とされています。私はウィーンの仕事場から帰宅したあと、20時頃(日本時間の15日4時頃)朝日新聞のインターネット版で流出の事実を知りました。すぐにyoutubeにアクセスしSengoku38なる人物がアップした映像を見ました。その時点で再生回数はわずか324回でした。

日本では深夜零時頃まずツイッターで映像アップの情報が流れたそうです。その後ネット上で噂が広まり、youtubeにはオリジナル映像からコピーした映像があっというまに10個以上出来ました。ビデオが自己増殖を始めたような状態でyoutube以外のサイトにもどんどん拡散して行きました。こうなると、もういくら映像を削除しても後から後からコピーが登場して事実上削除できない状態に陥ります。

先日このブログで、いま世界は「報道の時代」から「情報の時代」へと舵を切っている、と書いたばかりですが、正にそれを象徴するような出来事が起きてしまいました。

そもそも、事件の状況を撮影したビデオについては、早くから「公開すべき」という声が上がっていました。それにも関わらず政府はビデオの公開に踏み切れませんでした。今回流出したビデオを見れば中国漁船の犯罪行為は一目瞭然で、領土問題を語る前に犯罪事件として扱われなければならない事例だったことがよくわかります。

それなのに政府は情報を政府部内で管理して国民に公開しませんでした。政府がビデオを中国との政治的取引に使おうとしていることは明白で、おまけに一部の議員だけでビデオを視聴するなどという国民を馬鹿にしたような対応を続けました。今回の流出はこうした政府の対応への強い不満から起こったと推測できます。

政府はなぜ事実が映っているビデオを事件後すぐに公開しなかったのか?事実を提示して国民に理解を求めれば良かったのに、それをしなかった。そこには情報を私物化し、情報を操作して、国民感情や世論まで操作しようとする権力者の傲慢さが見え隠れしています。

情報をもてあそぶ者は、その情報によって滅ぼされることもある。

今回の流出事件はそんな「情報の時代」の怖さを教えてくれているようです。

| - | 18:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
秋の風景
きょうはウィーンの気候について報告します。気温は10℃。11月を迎えて街は秋の彩りを深めています。左の写真は私の通勤路。道路の両側に生い茂っていた広葉樹が黄色く色づいています。空はグレー一色。






足元にはフカフカの絨毯のような落ち葉。風に吹き寄せられてたまっていきます。この落ち葉掃除がウィーンの秋の風物詩かもしれません。市内の公園や路上で大型の掃除機のようなもので落ち葉を吸い取る労働者たちの姿が見られます。






オフィスの窓から見える中庭の風景です。右側は桃の木、左側が杏の木で、春には花を咲かせ夏には実をつけます。その様子をまたここで紹介できればと思います。







これはおまけ。市内の市場で購入したカボチャでハロウィーンのカボチャ・ランプを作りました。オーストリアはカトリックの国なのであまり盛んではありませんが、日本並みにハロウィーンを楽しむ習慣が若い家族の間で定着しつつあります。






これから来年の春までウィーンは長く寒いシーズンとなります。枯葉はハラハラと落ち、鳥の群れが南を目指してウィーンを脱出して行く。淋しさが募ります。 でもそんな暗い気候に負けないように、街では舞踏会のシーズンが始まります。舞踏会のシーズンが終わる頃にはイースター復活祭を迎えて春がやってきます。 今から楽しみです。
 
| - | 19:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
オフィスボウ・ウィーンの旅立ち
はじめまして。
オフィスボウ・ウィーンのニュース・ブログへようこそ。

ブログのトップに掲げたように、ここではオフィスボウ・ウィーンの最新ニュースと、世界各地で起きている出来事について語って行きたいと思います。どうぞ末永くよろしくお願い申し上げます。

まず自己紹介をします。
私はオフィスボウ・ウィーン代表の山本大輔です。
1956年横浜生まれの申年で今年2010年で54歳になりました。

高校生の頃からドキュメンタリーを志し、1980年に映像制作の仕事を始めました。最初の1年はCMの制作進行を務め、35ミリフィルムでの撮影・編集・録音を経験。2年目にビデオ制作へ移り、当時開発されたレーザーディスクの最初のソフト制作を担当。海外ロケを含むビデオでの撮影・編集・録音を体験しました。そして3年目からテレビ・ドキュメンタリーの制作・演出を開始して現在に至ります。

1980年代は日本に国際報道番組という概念が確立した時期に当たります。1970年代に起こった第4次中東戦争やイラン革命が日本人の暮らしに大きな影響を及ぼすようになり、国際的なニュースへの関心が大きく高まったためです。その後1980年代の半ばになってテレビは「報道の時代」を迎えます。それまで社会的な事象や自然と文化について伝えてきたドキュメンタリーとは一線を画す、報道ドキュメンタリーという新しいジャンルも登場しました。日々のニュースの裏側にある国際情勢や、世界各国の当事者たちのありのままの声を伝える試みが始まったのです。

私たちは1985年にオフィスボウを設立。
「報道の時代」の先陣を切って始まったニュースステーションを中心に、様々な報道番組で世界各地の紛争地帯を取材して歩き、難民やゲリラたちなどその土地で暮らす人々の生の声を日本に伝えてきました。

1989年に大きな変化が起こりました。ベルリンの壁の崩壊です。
世界はイデオロギーと武力が衝突した東西対立から、グローバル化した経済が支配する構造へと大きく変化を遂げました。そしてインターネットの登場。21世紀に向かって「情報産業」の勝者が世界を制する時代を迎えました。そしていま世界は「報道の時代」から「情報の時代」へと大きく舵を切っています。多様なメディアを通じて色々な情報が飛び交う時代になりました。

私たちオフィスボウは2000年頃からヨーロッパに取材拠点を築く準備を始め、2002年にはウィーンに駐在事務所をオープンして様々な取材活動を行ってきました。そして創立から満25年を経た今年、2010年の11月からは、オフィスボウのウィーン事務所という位置づけからさらに発展し、オフィスボウ・ウィーンとして独自の取材活動を展開して行くことになりました。

世界はいま、グローバル経済の行き着く果てに確かな未来像を描けないでいます。日本でも欧米諸国の間でも貧富の差は広がり、福祉政策が岐路に立たされ、新たな社会不安を呼び起こしています。パリでもウィーンでも学生のデモが始まっています。

これからの世界は、日本はどのような道に進んでいくのか。
世界のありのままの姿を伝え、各国の人々がコミュニケーションを密に取っていくことが、これまで以上に必要とされる時代を迎えています。

オフィスボウ・ウィーンは東京のオフィスボウ本社と固く手を携えながら、新たなメディアの時代に旅立ちます。その旅のログブック(航海日誌)として、このブログを綴って行きたいと思います。

読者の皆様のご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。
| - | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
BoeWienNewsBlogは現在工事中です。
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2010年11月1日スタート予定です。
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